不思議多事争論0004

幽霊考〜山師の話(イ)

  
   ありきたりのモノを当たり前と思う人間は当たり前でないモノにおそれを抱く・・・

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 その日は視界を遮る霧に覆われていた。まるで自分の人生のように。
 ふと視界が開けたとき、目の前には朽ち果てた小屋が現れた。一見すると炭焼き小屋のようだが、庵のような感じにも受け取れた。
「おぃ、ワレそこで何しとんねんっ」
 不意に声をかけられ振り返るとそこには一人の男が立っていた。
 子どもの様にも見え、また老人のようにも見える。鋭く光る眼孔に捕らえられ声を出すこともままならず、微動だにすることが出来なかった。
「にーちゃん、誰や?」
 問いかけに対して、名を名乗ることが精一杯であった。おずおずと名刺を差し出す。
「不思議事項研究家?結滞な商売やなぁ。儲かるんけ?」
 庵の中へに案内され名刺を見た男は豪快に笑いながらそう言い放った。
 男の名は喜三太と言い、山で生業を営んでいるという。
 私がここに来た理由を述べると喜三太はまた大きく笑った。
「えらい山奥まで来てもぅて何やけど、ここには何もあらへんで?」
 しかし、ここは近隣まれに見る幽霊スポットであることを説明し、また言い伝わるまことしやかな噂話をいくつか話してみた。すると喜三太は黙り込み、しばらく考え込んでいた。
 沈黙があたりを包み、じりじりとろうそくの焼ける音が静寂を遮っている。しばらくして喜三太が口を開いた。
「おそらく、話の元はうちのおとんやろ」
 意外な答えである。そして喜三太はこう続けた。
「さっき聞かしてもぅた話やけど、その内の一つはうちのおとんのことや。おとん、山入ったまま帰ってこぅへんようになって、結局見つかったんが、ここの下の沢や。転落死やろて警察は言いよったけど、山知り尽くしてるおとんが足滑らせるなんて考えられへんかったわ」
 神妙な顔をして聞いてると、喜三太はぽつりとこんな事をこぼした。
「せやけど、にーちゃんの聞かしてくれた話、なんか引っかかるなぁ。なんでうちのおとんの格好がまたぎみたいな格好なんや?それに顔中血だらけって・・・」
 私には何ら不思議には思わなかったが、当の本人には不思議に思えるらしい。その理由を聞いてみた。
「なぜ不思議って、うちのおとんは猟師やあれへんから、銃なんか持ったことあれへん。現にワシも銃は持ったことあれへん。代々この山守るために、枝打ちして下草刈ることが主な仕事やからな。それに、確かに足踏み外して沢へ落ちたみたいに言われてたけど、実際には心臓発作で倒れた場所が沢なだけで、どっこも怪我しとらんかったんやで」
 意外な矛盾点だった。現実で起こったことと話の内容が異なってくるわけである。
「そもそも、なんでおとん知りもせん人間がおとんの幽霊を見なあかんのや?おとんがなんか恨んでたんけ?」
喜三太はそういうと急に立ち上がり隣の部屋へと出て行った。ふすまを閉めると同時にろうそくの火が揺らめき、そして消えた。
「何で知りもせん人間同士がみんな同じ格好の幽霊見るんや?」
暗闇の部屋にその言葉だけがこだました。

to be continued...


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