不思議多事争論0005

幽霊考〜山師の話(ロ)〜

  
 在りし日の想いはその場にとどまり在りし日のままに・・・

 -------------------------------------------------------------------------------------
 山小屋で一夜を過ごし朝を迎えた。

 「よぉ、にーちゃん起きたんか?」

この山小屋の主、喜三太の声が響いた。相変わらず豪快な声である。
 起きた挨拶もそこそこに、男二人の朝食が始まった。
「なぁ、昨日からずっと思っとったんやけど、にーちゃん、幽霊って見たことあるんけ?」
 名刺の肩書きが『不思議事項研究家』と言うこともあり、色々な体験をしてきた。喜三太は気になっていたのか今までの体験談をせがんだ。一宿の恩もあるので時間が許す限り私は話をした。

 色々な体験談を話していると、喜三太はずいぶん聞き入り、時折難しい顔をしながら考え込むような仕草を見せていた。

 いくらの時間が流れただろうか?不意に顔を起こすと外からヒグラシの声が聞こえてきた。夕暮れが近いようである。そんなとき今まで黙っていた喜三太がおもむろに口を開いた。
「にーちゃん、否先生と呼ぼか。色々な場所で色々な体験してきとんねんなぁ」
何か気になるような口ぶりである。質問があるのかと尋ねると、喜三太はゆっくりと頷いた。

 「先生が今までにおーてきた幽霊って、ほとんどが女や。それも決まって長い黒髪。しかし世の中見回しても長い黒髪の女なんかほとんどおらへん。何でやろか?」
今ひとつ質問の真意がつかめず私は先を促した。
「街の女の髪型にしたって、色にしたって先生のおーた幽霊に一致するのはほとんどおらへんやろ。そら確かに昔の女は長い黒髪ってイメージがあるけど、中には短いやつもおったやろうし・・・。最近の事故で死んだとかされてるんやったら、長い黒髪でいるほうがおかしないけ?」

 確かにそうである。世の中のファッションとともにヘアスタイルは刻一刻と変化している。それなのに幽霊は基本的に長い黒髪の姿で現れることが多い。有名なホラー邦画などではおきまりと言った具合のフォルムである。そう考えていると喜三太はさらに質問を続けた。

 「一番腑に落ちんのが、火事で死んだ幽霊や。人間焼いたら真っ先に髪が焼けるはずや。せやけど顔が焼けただれてても、体が丸焦げでも長い黒髪はそのまま。ついでにゆーたら、死装束の白も汚れ知らずやで。こりゃ、思い過ごしかもしれんけど、幽霊見たって言っても、そう思ってるだけとちゃうんやろか?自分たちで作り上げた虚像を見て、幽霊のイメージ塗り固めてるから。みんながみんなそのイメージで凝り固まってるんやろ」

 喜三太の意見も一理ある。しかしそれとは違う幽霊も確かに存在した。その話をまたしていくうちに日は暮れ夜が更けていった。
「なるほどなぁ。先生の言うことも尤もや。けどな、その黒髪と違う幽霊ってはっきりとした顔無いやろ。確かに風貌は今までと違うかもしれへん。けど、誰もその顔はっきりと思い出されへん。典型的なんがうちのおとん見たっていう話や。またぎ風の男の姿や。顔もはっきりせーへんし。熊みたいな髭生やしたって話もあったみたいやけど」
 そういうと喜三太は戸棚をごそごそと探し始めた。
「これやこれ、先生、これ見てみ。うちのおとんの写真や。汚れてるからちょっと見にくいかもしれんけど」
差し出された写真を見ると、一組の家族が写っていた。その中の少年が、目の前の喜三太らしい。その後ろに立つ優男が彼の父親と言うことだ。どこをどう見ても熊のような髭を生やした男には見えなかった。
「これがうちのおとんや。誰の証言にも出てこん。やっぱり勝手に植え付けられたイメージなんや無いか、幽霊って言うのは」

 翌朝、山仕事へ向かう喜三太を見送ってから私は山小屋を後にした。街で再度、例の幽霊の話を聞くために。寺の住職に紹介された長老のところに向かい話を伺った。そして喜三太に会ったと話すと長老は顔色を変えた。
「喜三太にあったやと、そんなことあるはずあらへん」
何をそんなに興奮させるのかはわからなかったが、しばらく落ち着いてから再度伺ってみた。
「喜三太はワシと同級や。しかもあいつはラバウルから戻らんかったんや、それがこんなとこにおるはずがあれへん、おったらそれは喜三太の幽霊や・・・」

to be continued...

©李飯店猫人本舗遠山事務所